記憶の底に 第11話


トウキョウ政庁内で警報がけたたましく鳴り響いた。
総督を交えた会議の席での警報。
何があったのだとが意義室内は一斉にざわめいた。

「ふん、どうせ警報の誤作動だろう。気にする事など無い」

エリア11総督カラレスは、悠然とした笑みを浮かべながらそう口にした。
何せここはエリア11内で最高の警備がされているトウキョウ政庁。
エリア最大のテロ組織、黒の騎士団の幹部は全員捉えこの政庁の地下にいる。
今更小さなテロ組織が暴れようと、この政庁が落ちることなどあり得ない。

「何かあったとしても、薄汚い鼠が入り込んだ程度でしょうな」

落ち着きなく騒いでいた者たちは、総督がどっしりと腰を据えている姿に安堵の息を漏らし、緊迫し、ピリピリとしていた空気が一気に緩んだ。
そんな中、会議に出席してほしいと頼まれここにいたギルフォードは、眉を寄せ立ち上がった。誤報ならば、すぐに警報が止み、何かしらの連絡が入るはずだ。
何の連絡も無いのに楽観視していいはずがない。

「念のため私が確認してきましょう」

いまだ鳴り響く警報は、やはり緊急事態を示しているように感じられる。
総督の返事も聞かず、ギルフォーフォードは会議室を出ようとした時、地響きと共にトウキョウ政庁が激しく揺れた。

「じ、地震か!?」

あまりの激しい揺れに、皆立ち上がる事も出来ずに、揺れ動く椅子とテーブルにしがみついた。エリア11は地震が多い土地ではあるが、これほどの揺れの地震は少なく、何より揺れの時間が長かった。
激しく揺れる中、ギルフォードは違和感を感じ、慌てて窓に駆け寄った。

「どういうことだ!?揺れているのはこの建物だけか!?」

眼下に広がる道路を走る車も、周りの建物も、地震など起きていないという様にそこにあり、反対に多くの者たちがこの政庁を驚きの表情で見ていた。
次の瞬間、激しい爆発音と共に今まで以上の揺れが政庁を襲い、ギルフォードも立っていられなくなった。
強化ガラスにヒビが入り、テーブルや椅子は倒れ、壁に亀裂が走り、会議室内は悲鳴が響き渡った。次第に揺れは収まったが、警報は鳴りやまなかった。
カラレスはすぐに電話をつなぎ、電話口の相手に怒鳴りつけた。

「一体何の騒ぎだ!・・・なに!?ふざけているのか貴様!!」

カラレスの怒鳴り声が部屋の中に響く中、ギルフォードは我が目を疑った。
政庁の窓の外に、KMFが姿を現したのだ。
フロートユニットを装着した機体が2騎、そして。

「あの赤い機体、黒の騎士団か!」
「何!?黒の騎士団の残党が攻めてきたのか!?」

ギルフォードの叫びに、カラレス達は慌てて窓に集まった。

「あの機体は!イレブンめ裏切りおったな!」

紅蓮と共にブリタニアのKMFと戦闘を行っていたのは白い機体だった。
それはナイトオブセブンの専用機ランスロット。
植民地の人間がKMFに騎乗し、皇女の専任騎士となり、皇帝の騎士となったことで、パイロット、KMF共に知名度が非常に高い。そのランスロットが黒の騎士団の紅蓮と共闘しているのだ。
流れるように動く2騎の前に、軍のKMFは無力だった。

「ああ!黒の騎士団の幹部達が!!」

地下に捕らえていた黒の騎士団の幹部が、この騒ぎに乗じて牢から逃げ出し、政庁の前に突入してきた装甲車の中へ次々と駆け込んでいく。
そして2騎のKMFに守られながら、政庁を離れていった。
ギルフォードは2騎を確認した瞬間に会議室を飛び出していたが、エレベーターはすべて使用停止、階段を駆け下りた時には既に格納庫は破壊され、使用できるKMFは1騎も無い状態だった。車両も全て破壊されている。
追う事も出来ず、ギルフォードはただ唇を噛み締めることしか出来なかった。



政庁に強襲を掛けたKMFはすべて各場所に隠していたトレーラーに詰め込まれ、その場を後にした。検問もくぐり抜け、仮のアジトに集まった黒の騎士団の面々は、救出され自由となったことを喜び、卜部達が用意した制服に袖を通した。
カツリ。
一つの靴音が鳴り響くと、辺りは水を撃ったような静寂に包まれた。
彼らの前に姿を現したのは仮面の男、ゼロ。
そしてその男の傍にはC.C.とカレンだけでは無く、ラウンズの衣装を身に纏った敵であるはずの男、枢木スザクと、ジノ・ヴァインベルグが立っていた。

「どうして枢木がここに・・・!ゼロ、説明してくれ!」

扇は前に出、そう口にした。

「彼らは私の仲間となった。今回の救出作戦にも参加している」

ゼロのその言葉に、辺りは一気にざわめきだした。

「仲間!?ブリタニアの軍人がか!?」
「一体どういうことだよ!」
「大体、ゼロ!あんたはどうしてブラックリベリオンで姿を消したんだ!」
「説明して!!」

団員は問い詰めるように質問を投げかけ、ゼロに迫ってきたが、カレンがスッとゼロの前に立ち、彼らがそれ以上前に出ないよう制した。
それに従う様に、卜部と救出作戦に参加した黒の騎士団の者・・・ゼロ救出のため、ゼロの正体がルルーシュであり、偽りの記憶を植え付けられ、学園に監禁されている事を知っている者たちもまたゼロの壁としてカレンと共に彼らの前に立った。

「卜部・・・」
「中佐。ゼロにはゼロの事情があります。あの日ゼロが戦線離脱した理由も、ゼロがゼロであるために必要な事だったのです」

妹を救うため。それを卜部たちは知っている。最初は私情で離れたことに憤りを憶えたが「ゼロが戦う唯一の理由だ。妹を失えばゼロは生きることも出来ないだろう。あいつにとって妹は自分の命や日本よりもはるかに重いものなんだよ」というC.C.の言葉に、妹を溺愛するルルーシュを見ていたカレンは頷いた。
幼い頃から妹を守るためだけに生きてきた。そして、妹が幸せに生きられる世界を作るため仮面をかぶりゼロとなった。ゼロにとっては家族を守るための戦いなのだと知った卜部達は、この時初めてゼロを受け入れたのだ。
ゼロの正体と妹の存在。そして戦う理由。
たとえ尊敬する上司であったとしても卜部たちは話つもりはなかった。
強いまなざしの卜部に、藤堂はそれ以上口を開く事は出来なかった。
卜部ほどの男を納得させる理由なのだ。
自分たちが捕らえられた1年の間に何があったかは解らないが、卜部達はゼロを心の底から信頼しているようにも見えた。
藤堂が口を閉ざした事に卜部は安堵し、後ろに立つゼロに声をかけた。

「ゼロ、こちらは俺たちで説明をしておく。疲れただろう、休んでくれ」
「いや、問題無い」
「駄目だ。君はまだ本調子では無い。いいから休んでくれないか」
「そうですゼロ。ここは私たちが。貴方は今体を休めるべきです」

カレンと卜部がまるで懇願するように言い、共に壁となっていた他の団員も、お願いしますと頭を下げた。
すべてを知る以上、彼らの反応は当然だと言える。
記憶を書き換えられている事をC.C.は彼らに説明した。
完全な別人となり、ブリタニアの軍師として戦場にいたことを知った卜部たちは驚愕し、ブリタニアの持つ洗脳技術に激しく動揺した。
そしてルルーシュが無意識下で偽りの記憶に抗い続けていて、それが渇きとなり、異様な量の水を飲むに至った事も全て話していた。
ルルーシュが学園に戻されてから、卜部たちはルルーシュを遠くから監視していた。
常に軍人らしき者がルルーシュの傍にいたため、隙を突いて接触出来ないかと常に伺っていたのだ。
だから、異様な量の水を飲んでいる事も、やせ細っている事も、そのために幾度となく倒れている事もずっと見ていたのだ。
早く助け出さねば、自分たちの指導者が死んでしまうと、苛立ちばかりが募る日々。
策を進めていたが、日に日に弱っていく姿に、それが間に合うか解らない状態だった。
この前の休日にいつもの二人と外出した先で大量に水を飲み、突然それらを吐きだした後倒れて1時間ほど意識を失ったという報告を聞き、もう限界だと焦ったC.C.が内部協力者を得、単身乗り込んでいったのが先日の話。
強攻策ではあったがどうにか記憶を戻すことに成功し、体調が回復し始めた。
それにどれほど安堵しただろう。
あの姿を見ていた身としては、今は少しでも休んでほしいのだ。
だから必死に休んでくれと訴えていた。
救出された者達はその光景に驚き、呆けたような顔で成り行きを見守っていた。

「ゼロ、せっかくの好意だ。お前は休め」

彼らの反応は予想外ではあったが好都合だと言いたげに、C.C.は口元に笑みを浮かべると、ゼロに部屋へ戻るよう促した。ゼロは仕方がないなと、後の事を卜部とカレンに任せ、C.C.と共にその場を後にした。

「聞いてくれ。ゼロは今まで皆と同じようにブリタニアに捕えられていた。あのブラックリベリオンで、枢木スザクに捕縛されてな」

その言葉に、全員がスザクを見た。

「ええ、自分がゼロを捕らえました。表向きには処刑とされましたが、彼には利用価値があった。そのためブリタニア軍が開発した薬を使い、彼をブリタニアの傀儡としていました」
「傀儡・・・」

その内容に、扇が驚いたようにつぶやいた。

「はい。自分はゼロ・・・いえ、その時には別のコードネームを与えられていましたが、彼を軍師とし、戦場に立ったこともあります」
「な!?ゼロがブリタニアの軍師として戦ったというのか!」

敵であるブリタニアの軍師に。
その事に団員は大きく動揺した。

「EUで僕が大きな功績を上げたといわれていますが、あれはゼロの作戦があってこそ。彼に薬の副作用が出なければ、あの段階でEUを落とす事も可能だったでしょう」
「まさか・・・だが、そんな話聞いた事が無い」
「当然です。彼はゼロ。存在しない、存在してはいけない軍師の功績を残しておくほどブリタニアは甘くありませんよ。その後、彼にはまた薬が投薬され、このエリア11で新たな任務についていました」

C.C.を捕まえるための餌という名の任務に。
嘘はついていない。真実だ。
ギアスという不可解な力を、解りやすい薬に置き換えただけで、全て真実。
だが、全てを語ったわけではない。
V.V.が話した真実も恐らくこういう事なのだろう。

ユーフェミアを殺したのはルルーシュだ。
--治療しないよう命じたのはV.V.だが、撃ったのはルルーシュだから嘘ではない。

ギアスという不可思議な力を持っている。
-V.V.はギアスを人に与えているが、ルルーシュが持っている事は嘘ではない。

ギアスでユーフェミアを操った。
-暴走させたのはV.V.でも、ギアスを掛けたのは確かにルルーシュだ。

全てを語らなければ、例え嘘を口にしなくても相手に誤認させる事はたやすいのだ。
もしかしたら今もルルーシュに騙されているのかもしれない。
でも、僕は選んだ。
あの皇帝に仕えラグナレクの接続に協力する未来か。
ルルーシュと共に生きる未来か。
その結果が今だと、スザクは静かに目を伏せた。

10話
12話